218 空想列車の旅 −山の恵み−

殺伐とした場所で暮らしていると、自然に囲まれ何もないような場所に遊びに行くと
心休まるものがあります。
本当に自然しかないような場所に遊びに行ったときの事です。
自給自足の生活に憧れる人もいるでしょう。
小さな村の中で経済行為が行われているくらいですから
現金も必要がないような場所です。
あるのは豊かな自然が作り出す山の幸だけなんでしょう。
山菜やきのこなどは自分たちが食べる分だけしか採りませんから根絶やしにすることも
なかった様です。
これがそこに住む人々の知恵でもあり、山の恵みに感謝する事でもあったのでしょう。

しかし、ここにある人が現れました。現金がいらない様な生活をしている人々の前に、
松茸を持ってきたら1本00円で買い上げよう。量はいくらでもいい、
あるだけ全部買いますと言われます。
村の人々は、すぐ裏山に入れば松茸は生えていましたから簡単に持ってきました。
男は喜んで、どんどんと買い上げるからもっと持って来いと言います。
すぐに現金をくれますが、今まで見たこともない金額を支払っています。
お金が手に入ると、色々な事を考えるようになってきました。
テレビも観たい、テレビを観るためには電気がいると、、、
お金は裏山から松茸を採ってくれば、できるので、まさに金のなる木状態です。

村の生活も一変しました。お金も外部から得られる様になりましたが、
文化・文明も一緒にやってきた様です。
人よりも多くの松茸を採って来さえすれば、もっと豊かな生活ができると
思ったのでしょう。村人は争うように、どんどんと山深くまで入り込み松茸狩りに
精をだします。

何年か後に訪れたときには風景さえも変わってしまいました。
松茸を買い上げる商人が多く集まり、いたるところで商談をしています。
今年は不作でなかなかいい物が採れないと、
村人はいったん出かけると何日も戻って来ないようです。

結局、村にもたらした物はなんだったのでしょう。
生活がよくなったのかはわかりませんが、その引き替えに貧富の差・経済行為が
すべてお金・お金がないと今の生活基準が維持できない・
家族の団らん(食事が一緒にできない)・・

きっと、私は二度とここを訪れる事はないでしょう。
松茸を食べるたびに、この山で暮らす人々を思い出します。








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