203 師弟関係

人に物事を教えるのにも色々な師匠がいるもんだと思います。
人柄や人間性みたいな話をしていたら、名古屋の味にはなりませんから、
ここは味にスポットを当ててみて・・・・

行列のできる様なお店があると、将来独立をめざすような人や
他のお店から修行として入店している方がいらっしゃいます。
これが師弟関係でしょうか?
味を覚えるときの話ですが、1つ1つの原料をきちんと計って料理する人がいます。
聞いているともっともな話だと思いますが、そこまで考えているのかと
驚かされるほど細かい話もあります。
火にかけると蒸発するのでその分も考えなくてはいけないしと計量、
ぎりぎりの線までやらないと美味しさが引き出せないと時間を計っています。
もちろん最高の食材でないと美味しくならないでしょうと食材を見る目も確かです。
弟子はまだ慣れていないせいか、はかりや時計を気にしながら調理しますが、
師匠は目分量でやっている様でいて実測すると正確にあっているのが、
すごいところです。

一方、もっと達人的なのかはわかりませんが、全然計量とかしない師匠も
いらっしゃいます。
醤油やみりん等の調味料でも瓶を持ち上げてそのまま鍋などにも入れます。
計っているのかなぁと心配するまでもなく、師匠の調理感覚や長年の経験と
言いましょうか、みごとになぜか決まってしまいます。
最後に味見をしながら微調整を行えば同じ味になると言います。

もちろん色々なタイプの師匠がいらっしゃいますから、
上記の様に2つのパターンしかないとは思っていません。
器具などを使ってでも同じ味を再現する人と、
自分の舌で味を同じに再現する人がいるのかと思います。

ここからもっとすごいと思うのは、季節に応じて食材も変化するから、
その食材の変化にあわせて調味料の配合を微妙に変えたり、
食べる対象者にあわせて味かげんを変化させる様な話です。
ここまで来るとテレビの見過ぎか、漫画の読み過ぎの様な話かと思いますが、
現実に語っている人がいるからすごい話かと思いました。

今度は家庭料理に目を向けてみると、お婆ちゃんが教えてくれる時は
「これくらい」と自分の体を使ったり、調理器具を利用したりして独自なものさしを
持っています。
味見の段階もよく心得ていて、調理行程のここの部分で味見をすれば
狂いがないこともわかっているし、狂っていたとしても何をどうすれば
修正できるのかもわかっています。
この事は「味見」を繰り返して確認していることと、
その段階でどの様な味がするのかをきちんと覚えているからです。

我が家の師匠(お母さん)は何もあまり言わず、
聞けば「これくらい」って言っている口です。
でも、よくよく見ているとちゃんと途中で確認するポイントが存在しています
根ほり葉ほり聞いていると、どんどんとポイントが発見出来るような感じです。
この様なことは失敗しながらでも覚えてきたことだから、
いまさら説明してほしいと言われても、何をどうやって言えばいいのか検討も
つかないと言います。
この事も教え上手に聞き上手ではありませんが、
教えてもらう段階で自分が実際にやっていると思って物事を聞く方がいいと思うし、
それでも間違えを起こすというか、同じように仕上がらないから経験が重要な
事だと思いました。


料理を覚えるときに本や物から学んだ人と、お母さんのように受け継がれるように
覚えた人では根本の部分が違うことを改めて思いました。

「料理レシピやテレビ等でやっている手順では、味見ができない部分で微妙な
ニュアンスが違うと思うのです。
この事から最後の仕上がりでは食べ比べてみても同じ味にはならないと思いました。
一方、お母さんから教えられるようにして覚えた味は料理が先にあって覚えていくので、
違いがよくわかり同じ材料・同じ手順に従っても違いがよくわかります
この事は「完成の味」を覚えているからでしょう。
前者が作り上げていく「足し算の料理」なら
後者は料理ができあがるようにするためにと手順を踏んでいく「引き算の料理」かと
思います。」








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