120 名古屋水害のひとこま

その節には皆様にご心配をおかけして、申し訳なく思うし、ありがとうございました。
喉元過ぎればではありませんが、多少小耳に挟んだような様な話ですが、
どう思われるのでしょうと書きます。


名古屋で一番深く浸かった場所では1階の天井までつきました。
床上と床下では事後処理が雲底の差ほどあります。床上まで水がくると、
畳等は全滅になってしまいますし、タンスは転がる、電化製品はだめになるで、
本当に最後の5センチが命取りみたいです。
床上浸水した地域が広域に渡りましたから、
水がひいた翌日からは道路にどんどんと家財道具類が
搬出されました。
乾いてこれば砂は砂煙として舞い上がるし、街の様相は一変します。
役所での出来事で、ある女性が悲壮な顔で相談にいらしたそうです。
70歳以上の方ですが、自分では何もできないと言われるのです。
タンスの中身くらいなら出せるけど、そんなに重い物は動かせないし、
外にゆっくりと運びだしていては雨が降ったら困るしと・・
災害救助やボランティア活動の場合は要請や配置の問題なので、
この様に床上浸水程度では何ともならないのだそうです。
もちろん、もっとひどい場所がありましたから余計に見えない問題でした。
なんでも屋さん等にお願いしようにも順番待ちで、待っていたらいつになるやらと
寝る場所もないのです。
役所では親戚は?友達は?業者はと色々と手を尽くしましたがだめで、
結局は隣近所で助け合いとなりました。


この様な方もいらっしゃいました
大きな声で怒鳴りながら、「いつまで道路にゴミを積んでおけばいいのか、
車の1台くらいなんとかこちらに回せないのか」と・・
役所でも警察でも、この様な事は初めての出来事です、誰がゴミ収集車の手配やら、
どこまで済んでいるのか等を把握しているのかわかりません。
本当は誰も把握出来ていないのが現状なんです。
この様に怒鳴りこまれても、困ってしまうのです。
どこにも、この気持ちをぶつける所がないのでしょう。
盛り土をしていて床下で済んだ家の隣では、
しなかった家が床上と言う事もありました。


避難所となった学校での出来事です
学校では1500名くらいの避難者がいましたが、
最初の頃は救援物資も数の把握ができなかったり、
人数分届かない事もあるのです。
配る段になって、人数より物資が少ない場合は、
60歳以上のお年寄りや子どもに配る様措置されました。
みなさん自己申告なのですが、それでも多くの方が並んでもらわれようとします。
どこかでささやかれる声なのですが、そんな歳なんかわからないはずだから
並んでもらっちゃおうかと言う声です。
自分はまだ60歳になっていないと58歳・59歳の方は
じっとされている方もいらっしゃいます。
この違いは何なんでしょう。


避難所の中では配給物資も自分たちで分配しなくてはなりません。
当然配る方も自分からやると手を挙げられるのです。
この様な方もみんなの役に立ちたいとは思っていないのでしょう。
ただ、自分たちの手でなんとかしなくてはと言う思いで行動するのだと思います。
同じ町内の人ばかりですし、名古屋くらいになると学区割と言って、
通える学校単位で範囲が決められています。
もう隣近所の方が代表になるような話です。
タオルを首にかけながら一生懸命汗だくになりながらでも配られています。まだ、
もらっていない人はいないのかと気配りするくらいです。
ここでも、ひそひそ話が気になります。
数が足りないような場合は、あの人にあげたのにどうして私にはくれないのか。
自分たちが先にもらっているのではないかと・・
この様な場合は、結構配っている人は自分の分がなくなってでも
人に配っている人が多いのです。
配り終わった頃には自分の食べる分がないし、
疲れ果てて食欲もなくなっています。
もちろん家族単位の非難ですから、
挙げ句には自分の家族にも食べさせてあげられません。
不思議と誰も労をねぎらうような事を言わないのですね。
人に陰口を言われながら、ましてや隣近所の人に言われ、
どうして自分が一生懸命すれば涙がでるのでしょうと感想を述べられていました。

この様な話は、日常では考えられませんが、すぐにでも体験できそうな話です。
食には関係なかった話なのでしょうか?








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